日本のいちばん長い日のあらすじ!1967年と2015年の違い【気になる動画を無料視聴】

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日本のいちばん長い日のあらすじ!

1945年の4月、組閣が行われることになり鈴木貫太郎が内閣総理大臣に任命されます。鈴木はこれを固辞する意向を示します。昭和天皇のもとに鈴木は出向き、年齢が77であること、耳が遠いこと、そして元軍人であることから総理大臣の職を受けられない旨を伝えます。

鈴木の話に耳を傾けた昭和天皇は軽く微笑み、もう他に人がいないこと、そして「アナンはどうか」と、阿南の名を挙げます。

この時、日本の戦況は思わしくなく、鈴木総理が車で通る街並みはバラックの家が点々とするばかりであり、夜は空襲警報で家の灯りを即座に消す生活になっていました。

鈴木総理は陸軍省に赴き、そこで組閣について、まずは陸軍大臣からと切り出し、阿南を入閣させたいと伝えました。鈴木総理を待たせ、陸軍では会議が開かれます。陸軍は阿南の入閣にもともと異存はなかったものの、いくつかの条件を出し、鈴木総理は了承します。
この時阿南は三鷹の自宅にて長女の婚約者を見定めるところだという話を聞きつつ、鈴木総理は陸軍省を後にしました。

陸軍課では阿南の入閣の噂がすぐに広まります。

阿南は自宅で娘の婚約者に会っていました。戦争の状況から結婚式を自粛しようと言う娘の婚約者に阿南はできる限りのことをしようと言います。

鈴木総理は車で桜並木を通り、本土決戦になれば桜は咲かなくなる、と呟きます。

今後の戦況について、アメリカの勢いが衰えることはないと鈴木総理が予測したように、5月にはドイツの無条件降伏、東京大空襲と日本は厳しい状況におかれます。

陸軍大臣、海軍大臣とが集まる話し合いの場では、本土決戦についての話に及びます。

6月22日御文庫地下防空壕にて天皇陛下同席のもと行われた懇談にて、本土決戦で勝利した後の和平交渉を行うことに触れた上で、東京の半分は焼け野原になったことなどを挙げ、戦争の終結についての話し合いをと述べられます。

話し合いの後、敬礼する阿南に天皇陛下は阿南の娘の結婚式が無事にできたことを確認し、本当によかった、と言って立ち去ります。

7月27日にポツダム宣言が発令され、8月6日広島、8月9日長崎に原子爆弾が投下され、日本は事実上の敗北となりますが、阿南はそれを頑なに拒絶します。

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日本のいちばん長い日1967年と2015年の違い

1967年の「日本のいちばん長い日」は、ポツダム宣言の場面が早い段階で始まりますが、2015年の「日本のいちばん長い日」は、鈴木貫太郎内閣発足から阿南の家族や人柄について序盤に長く描かれている印象です。

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